回復期のリハビリテーション
脳梗塞の改善において、急性期のリハビリを終えたら、次に待っているのが「回復期」のリハビリです。回復期のリハビリでは、主に後遺症を乗り越えるための訓練を行います。では実際にどのような訓練を行うのでしょうか。ここでは、そんな回復期のリハビリ内容や入退院時の注意点などについて詳しく解説していきます。
回復期のリハビリは退院後の日常生活をなるべく支障なくおくるための訓練
脳梗塞のリハビリには、急性期・回復期・維持期の3段階があり、そのなかで発症後5~6ヵ月の時期に行うリハビリを回復期のリハビリと呼びます。
急性期は「病気を治療するための期間」ですが、回復期はその次の段階である「家庭復帰を目指す期間」です。
回復期のリハビリでは日常生活の自立を目指すため、麻痺した手足の運動や歩行訓練、床上での動作練習などを積極的に行います。また、痙縮が出始める時期でもあり、それに対する治療も同時に行います。
そのため回復期のリハビリでは、医師だけでなく、看護師やセラピスト、医療ソーシャルワーカーなど各分野の専門職スタッフがチームを組み、様々な訓練を実施していくのが大きな特徴です。
これらの訓練を受けるため、回復期には急性期病院から専門の医療機関に移る必要があります。しかし、回復期リハビリが行なえる医療機関には入院できる期間が設けられているため、集中的なリハビリはその期間内で行われます。
回復期のリハビリテーション病棟
急性期病院での治療を終え、回復期にさしかかった患者は次に回復期のリハビリテーション病棟へと移動します。
回復期リハビリテーション病棟とは、各分野の専門医がチームを組んで集中的なリハビリテーションを実施し、最終的に患者が自宅や職場、学校といった生活環境へと復帰できるよう、サポート支援を行なう病棟のことです。
具体的には、歩行・着替え・食事など日常生活に必要な動作を身に付け、心身ともに回復した状態で社会復帰することを目指していきます。
また退院後も患者の健康維持を図るため、医学的管理やリハビリテーションの継続といった生活面に必要なサポート体制を整えてくれます。
回復期のリハビリではどのようなことをするか
回復期のリハビリでは、より実践的な動作を身に付けるため、1日最大3時間ほどリハビリに励むことになります。
具体的には、
- 言語障害を改善させるための「言語聴覚療法」
- 痙縮(筋肉の緊張によって手足を自由に動かせなくなる状態)を予防するための「ボツリヌス治療」
- ロボットスーツを使って自律動作を身に付ける訓練
- 電気で神経を刺激する「磁気・電気刺激療法」
など、様々な方法を用いて日常生活を送る上で必要な動作を身に付けていきます。
そのために、病院側も各専門分野のスタッフを集め、チーム医療で入院時から患者のリハビリをサポートします。
言語聴覚療法
言語聴覚療法とは、発声や言語などに問題のあるコニュニケーション障害の方、または摂食・嚥下障害の方に対して言語能力の回復を図る訓練のことです。
一般的に、言葉を聞かせたり文字を見せたりと、患者の脳に適度な刺激を与えることで、反応を引き出します。
また、言葉を話すことだけでなく、ジェスチャーを送ってみたり絵を描いて表現してみたりと、言葉以外の方法でコミュニケーションをとる訓練法も積極的に取り入れます。
失語症や運動障害性構音障害といった言葉の障害は、発症してから早期にリハビリを行なうことが重要です。回復の度合いに個人差はありますが、一般的に発症から1年間は回復が期待できると言われています。
痙縮(けいしゅく)に効果があるボツリヌス治療
痙縮とは、脳梗塞の後遺症でよくみられる症状の一つで、筋肉の過度な緊張によって手足を自由に動かせなくなる状態のことを指します。この痙縮を改善する治療法として用いられるのが、ボツリヌス治療です。痙縮を引き起こしている特定の筋肉に対し、天然のタンパク質といわれるボツリヌス菌の毒素(ボツリヌストキシン)を原料とした製剤を注射します。これにより、筋肉に緊張をもたらす神経伝達物質、アセチルコリンの働きを抑制することができるのです。
ボツリヌス治療は、痙縮が起き始めるとされる脳梗塞発症後3ヵ月頃を目安に受けるのがベストだと言われており、注射の効果は3~4ヵ月ほどで消えるとされています。しかし、早期の段階から繰り返し治療を行えば症状が改善されるとともに、注射の必要が無くなるケースもあるようです。
運動を学習させる磁気・電気刺激療法
磁気・電気刺激療法とは、電気で手足を動かす神経を刺激し、筋肉を半強制的に動かすことで、運動の動作を体に覚え込ませる治療法です。ラットを用いた実験でもその効果は実証されており、特に血管新生・グリア増生抑制効果や抗アポトーシス効果が関与していることが明らかとなっています。
磁気・電気刺激療法は、脳梗塞を含めた様々な中枢神経疾患に対して治療効果を得られる可能性が高いとして注目されている治療法です。そのため、さらなる研究が続けられている治療法の一つでもあります。
ロボットスーツで自律動作を支援
近年は技術の進歩も著しく、リハビリ支援もロボットが行なってくれる時代となりました。
なかでも現在注目を集めているのが、筑波大学大学院の山海嘉之教授が開発した「ロボットスーツHAL」です。これは、脚に障害を持つ方や脚力の低下によって歩行が困難な高齢者の脚力・歩行機能の回復をサポートするロボットで、人が筋肉を動かす際に発する「生体電位信号」を特殊なセンサーが感知することで動作し、リハビリ患者の自律動作を支援します。医療・介護・福祉などの様々なシーンで活躍しており、リハビリ訓練の負担が軽減され、患者のモチベーション向上効果が期待されているロボットです。
ロボットを使ったリハビリ活動は世界的にも注目を集めており、今後さらに発展することが予想されています。
リハビリで入院できる期間は限られている
回復期リハビリテーション病棟には、「発症から入院までの期間」と「入院できる期間」それぞれに期限が設けられているため、いつでも誰でも利用できるというわけではありません。
脳卒中の場合は、回復期リハビリテーション病棟に入院できるのが発症から60日以内となっており、入院後のリハビリも発症から最大180日までと定められています。そのため、回復期リハビリ病棟を利用する際は、必ず事前にこれら2つの期限を確認しておくようにしましょう。
退院後を考えて病院を選ぶ必要がある
回復期リハビリ病棟は入院できる期間が決まっているため、利用する際は退院後のことまでしっかりと考えておく必要があります。
退院後の療養先として考えられる主な選択肢は「在宅療養」と「施設療養」の2つ。
在宅での療養を希望する際は、介護保険を申請し、要介護認定を受ける必要があります。一方、施設での療養を希望する場合は、主に老人保健施設でリハビリを受けながら特別養護老人ホームへの入居を待つか、介護療養型の老人保健施設に入所するかの2択になるでしょう。
また、回復期リハビリ病棟の中には退院後も訪問リハビリや外来リハビリなどによるサポートを行ってくれるところがあります。最終的に在宅療養を希望する場合は、入院だけでなく在宅でのリハビリ環境も事前に調べておくと良いでしょう。そうすれば、退院後も継続的なサポートを受けることも可能になるので安心です。
回復期のリハビリで注意すべきポイント
脳梗塞の回復期におけるリハビリは、患者本人はもちろんのこと、それを看病する家族も注意しておくべきポイントがあります。
まず、初めに気を付けておきたいポイントが、急性期病院から回復期リハビリ病棟に誰でも移れるわけではないという点です。
急性期の治療が長引き、発症から2ヶ月以上経過してしまうと、回復期病院へ移れなくなってしまいます。そのため、急性期病院に入院している時から、回復期リハビリ病棟への転院に関して医師をはじめ、看護師やその他リハビリスタッフに相談しておくことが大切です。
また、回復期リハビリ病棟は最大180日間しか入院できません。退院後もほとんどの場合、在宅または施設にて介護サービスを受けます。介護保険サービスを利用するには要介護認定を受ける必要がありますが、認定には3~4週間かかるため、退院後すぐに利用する場合は入院中から事前に申請しておくことが大切です。
回復期リハビリ病棟に入院している間、食事面や体調面に関しては担当の医師やリハビリスタッフが対応してくれるため、大きな心配はいりません。家族が気をつけるべきポイントは、入院前後の準備で、つまり最適なリハビリ環境を整えてあげることです。
リハビリでまひが回復するなど訓練の効果は果たしてあるのか
リハビリをすれば、まひが必ず治るというわけではありません。もちろん、完治に向けて訓練を積むことは大切です。しかし、訓練が回復の度合いを決めるのではなく、重要なのは治癒過程において適切な訓練を行えるかどうかです。
訓練をしなければ、関節の動きが制限される「拘縮」を起こす危険性を高めます。逆に無理な訓練を続けると関節に激しい痛みが生じ、手足を思うように動かせなくなります。
訓練によってまひが治るかどうかに絶対という言葉はありません。また、適切な訓練を行うことで回復は期待できますが、その効果にも限度はあります。
そのため、実際リハビリテーションでは「まひに対する訓練」と「残された能力を開発する訓練」の2つを同時に行うのが基本です。
訓練によってまひが改善されない場合でも、残された力でそれをカバーする訓練を行うことによって、生活に必要な動作を身に付けます。
回復期の食事に関して
回復期の食事に関してみていきましょう。
入院生活中の食事
回復期は、これから自宅で過ごしていくための準備をする期間ともいえます。急性期はどうしても体力が落ちがちなので、回復期に体力が増やせる食事内容に注意することが大切だといえるでしょう。
ただ、回復期も急性期と同じく、病院で出された食事を取る形になるため、個人で特に注意する必要はありません。大切なのは、出された食事をしっかりとるということ。
好き嫌いをして残さないように気をつけましょう。
体力があればそれだけ早期に社会復帰をすることにもつながるので、非常に重要なポイントだといえるでしょう。
リハビリと食事の重要性
脳梗塞などで入院をして急性期を過ぎ、回復期にあたる方の場合、サルコペニアと呼ばれるものに該当する方が多いです。これは、筋肉量が低下してしまい、それによって筋力や身体能力が低下している状態のこと。
更に、低栄養の問題を抱えている方も多いため、リハビリ中の食事としては、これらの原因を解消できるようなものを選択する形になっていきます。
入院してリハビリを行っている高齢者のうち、全体の49~67%が低栄養状態にあるとの研究もあるため、必要な栄養素をしっかり取り入れていくことはとても大切なポイントです。
気をつけておきたいのが、リハビリで入院している際に栄養障害が認められる場合、入院期間が長くなってしまう可能性が高いということ。
特に高齢者の場合、在宅復帰が難しくなってしまうようなケースもあるため、入院中の栄養管理をしっかりと行っていく必要があります。
回復期に適切で積極的な栄養ケアを行うことにより、褥瘡の発生頻度を抑えることに繋がるだけでなく、総エネルギー摂取量や蛋白摂取量の増加に繋がるといった研究データもあるため、その後の回復に向けても非常に重要なことだといえるでしょう。
リハビリと食事でのケアを組み合わせていくことにより、良い状態に導いていくことができるのです。
取り入れるべき栄養素
基本的に、総合的に必要なエネルギーを取り入れていくことになります。その上で、タンパク質やBCAAと呼ばれる分岐鎖アミノ酸を取り入れることになるでしょう。
こうすることにより、効率よく筋蛋白代謝ができるようになるのです。
リハビリで運動を取り入れると筋細胞が損傷するのですが、この時、タンパク質の分解が促進されます。ですが、食事で十分な量の糖を摂取しておくと、筋タンパクが分解されるのを抑えることが可能となるのです。
筋肉でエネルギー源として扱われるアミノ酸は、アスパラギン酸のほか、グルタミン酸、アラニン等、分岐鎖アミノ酸であるBCAA8(バリン、ロイシン、イソロイシン)の6つとなります。
運動によってタンパク分解が促進されると筋肉内ではBCAAの濃度が上昇するのですが、運動前にBCAAを投与しておくと過剰にタンパク分解が行われるのを防ぐことにもつながるため、リハビリ前にBCAAを経口投与するケースも多いです。
高齢者の場合、リハビリなどのトレーニング後にタンパクや糖、脂肪で作られたタンパク強化食品を摂取することにより筋肉量、筋力ともに肥大させることができます。
回復期に特に重要な栄養素はタンパク質
様々な要素を効率よく取り入れていくことが大切ですが、特に回復期に重視される栄養素といえば、タンパク質です。急性期は嚥下障害が強く出る患者も多く、経口摂取だけではなかなか十分な栄養素を取り入れることができません。
一方で回復期は第一に経口摂取が推奨される形となっています。
ですが、経口摂取だけでは十分な量のエネルギータンパクを取り入れることが難しいと判断された場合、経腸栄養や経静脈栄養も組み合わせて取り入れていかなければなりません。
回復期になるとほとんどの方が経口摂取は可能ではありますが、経口摂取が可能と判断されたとしても提供された食事をすべて食べきれない方も多く、中には摂取率が50%程度になっている例もあるのです。
このような状態だと、食事から十分な量のエネルギーを取り入れることができていないため、不足している分をどのようにして補うかについて考える必要が出てきます。
引き続き経口摂取は可能ではあるものの量が食べられない場合は少量の高エネルギー兼用補助食品などを取り入れることになるでしょう。
他にもタンパク質のパウダーやオイルなどもあるので、患者にとって取り入れやすい形で摂取していくことになります。
これらが難しい場合に先述した経腸栄養や静脈栄養を取り入れていくことになるでしょう。
他にも効率よく筋肉をつけていくために効果的な成分などを組み合わせた栄養補助食品もあるので、食事だけで十分な栄養素が摂取できない場合にはそういったものも取り入れます。
回復期でしっかりと体力と筋肉をつけておくと、自宅に帰ったあとの生活もかなり楽なものになってくるでしょう。そういったこともあり、回復期の営業管理には病院側もかなり力を入れています。
食事や摂取できる栄養素について気になることや不安なことがあれば医師に相談したりましょう。
この記事をつくるのに参考にしたサイト・文献
- NHK健康チャンネル:脳梗塞のリハビリ 急性期・回復期・生活期の3ステップ
- 国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス:[81] 脳卒中のリハビリテーション
- 回復期リハビリテーション病棟のあり方 指針 第1版
- 福岡リハビリテーション病院/福岡リハ整形外科クリニック:リハビリ
- 朝日新聞デジタル:脳梗塞リハ、退院後考えた病院選び
- 国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス:[16] 脳卒中のリハビリテーション
- 棚橋紀・前島伸一郎(2009)『やさしい脳梗塞後遺症とリハビリテーションの自己管理』医薬ジャーナル社
- 岡田靖(2016)『別冊NHK きょうの健康 脳梗塞 最新治療・再発予防・リハビリのすべて』NHK出版
- (PDF)日本静脈経腸栄養学会雑誌:回復期のリハビリテーション栄養管理[PDF]
- (PDF)特集:NST活動の標準化とその評価:身体機能回復に対するNST活動の有用性[PDF]